プロバイダ責任制限法を使いこなそう!
プロバイダ責任制限法とはどのような法律なのでしょうか?今回は、ネット社会で自分を守るために知っておきたいプロバイダ責…[続きを読む]
【2020年10月27日更新:「現状における開示請求の問題点と中間とりまとめ」の「③新たな手続き創設」に10月26日に確認された「最終とりまとめ骨子(案)」の情報を反映し、解説記事をご紹介しています。】
2020年4月30日、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が立ち上がり、開示請求に対する見直しが始まりました。
これによって個人情報の開示請求がより簡単に、迅速に行えるようになることが期待されています。
ですが、いきなり見直しが始まったと言われても、何が問題で何が見直されようとしているのか良くわからないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、現在の「発信者情報開示請求」の問題点と見直しポイントについて、わかりやすく解説していきます!
近年、スマホやSNSが普及していく中で、匿名で行われるネット上での誹謗中傷事例が多くなっています。
2020年5月23日に報道された、女子プロレスラーの木村花さんが誹謗中傷によって自殺したと考えられる事件のことは多くの方がご存じでしょう。
また、新型コロナウイルス関係でも、感染した人に対して沢山の誹謗中傷が行われていました。
コロナ感染者、テラスハウス出演者への誹謗中傷は現在も続いていますし、その投稿を削除しない限りはずっと痕跡がネット上に残ってしまうことでしょう。
しかし、ネット上の誹謗中傷というのはその書き込みを削除してしまえば終了、というわけではありません。
根本的に解決するには、犯人である投稿者を特定して損害賠償を払わせることが必要になってきます。
その特定を行うにあたって必要な手続きが「発信者情報開示請求」です。
先日も、一時期話題となった「ガラケー女」で誹謗中傷を受けた女性がこの請求手続きを利用し、プロバイダへの情報開示請求が認められました。
しかし、一社への請求でも情報開示が認められるまで8ヶ月かかっています。
そして今回、これまでの社会情勢に鑑みて、この発信者情報開示請求の制度が見直されようとしています。
「発信者情報開示請求」とは、簡単にいうと「投稿者の個人情報を開示するように請求する」ことです。
基本的に以下のような流れで行います。
このように犯人を特定しますが、現在のこの仕組みでは問題点も多々存在しています。
今回の見直しでは、発信者情報開示請求を規定しているプロバイダ責任制限法(※)と、細則である総務省令の改正が検討されています。
総務省令のみの改正になるか、法改正まで行われるかは未定で、現在検討中です。
ここからは、問題点とそれに対してどのように見直しがされようとしているのかを解説していきます。
※正式には「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」
現在の「発信者情報開示請求」の問題点は大きく分けて3つあげられます。
これらについてひとつひとつ、問題点の内容と、今回の改正でどのように対応されるのかを見ていきましょう。
先述した情報開示の流れにもあったように、特定を行うにはまずTwitterやInstagramといった「コンテンツプロバイダ」から、より個人情報を所有しているソフトバンクやdocomoなどの「アクセスプロバイダ」を特定する情報を開示してもらわなければなりません。
その情報は「IPアドレス」や「タイムスタンプ」といい、開示請求では「投稿時の」IPアドレスやタイムスタンプの開示のみ認められています。
しかし、TwitterやGoogleといったいくつかのコンテンツプロバイダはログイン時にIPアドレスやタイムスタンプが発生するだけで、投稿時には発生しない仕組みになっているのです。
現行の開示請求では「投稿時の」情報開示が認められているのであって、「ログイン時の」情報開示までは認められていません。
その結果、発信者の特定が難しくなり、被害者が泣き寝入りするケースが多いのです。
このことから、コンテンツプロバイダにログイン時のIPアドレス・タイムスタンプの開示を認める方向で検討されています。
ただ、ログイン時情報は問題となる投稿そのものの情報ではなく、アカウント共有などによって必ずしも誹謗中傷をした人を特定できるわけではありません。
よって、通信の秘密やプライバシー保護のためにも、ログインした人と発信者が同じであると考えられる場合に開示を認めるなど、一定の制限をかける方針になっています。
携帯電話のショートメールで使われる電話番号がメールアドレスに該当するとして実際に開示を認めた裁判例(東京地裁令和元年12月11日判決)があります。
また、近年のSNSは登録時の本人確認等で電話番号を保有していることが増えています。
こうしたSNSなどの「コンテンツプロバイダ」から直接電話番号の開示を受けることができれば、電話会社に対して弁護士会照会(弁護士法23条の2)を用いて発信者を特定する道が開けます。
そのため、上記の裁判例もきっかけの一つとなり、電話番号を開示情報のひとつとして認める方向で進んでいます。
なお、東京地裁令和元年12月11日判決の事案は、控訴審係属中で確定はしていません。
画像引用元:総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会(第2回)配布資料2-1」
発信者情報開示請求は、裁判を行わずに任意で請求する方法も存在します。
ただ、任意の開示請求で情報が開示されることは基本的にありません。
というのも、任意開示が行われるには、プロバイダがその投稿によって「権利侵害が明白にある」と判断しなければいけないからです。
しかし、何をもって「明白」と判断していいのかよくわからないですよね。
もし、任意開示をした後に実は「明白」ではなかったと判断されたら、プロバイダが発信者(投稿者)に訴訟を起こされる可能性が出てしまいます。
そのリスクを避けるためにも、プロバイダ側が任意で開示請求に応じることは少ないのです。
任意で開示が行われないとなると、被害者が裁判所に申し立てて請求しなければなりません。
結果、現在の開示請求では大量のコストと時間がかかってしまっているのです。
こうした状況に鑑みて、プロバイダが裁判外で開示した場合の免責規定も検討されていましたが、2020年7月10日の中間とりまとめでは導入を見送る方向となっています。
その理由は、主に次の4つです。
誹謗中傷が行われやすいTwitter・Instagram・Googleなど、外国発祥のプラットフォーマーに開示請求する場合は、海外にある本社に連絡をとる必要があります。
しかし、それでは国内以上に手続きの時間やコストがかかります。
被害者の負担の大きさから、特定を諦める人も少なくありません。
また、国内であっても、冒頭でご説明したとおり次のような3ステップを経る必要があるため、開示手続き自体を大きく見直す方向で検討されています。
現実的に開示請求の裁判手続きに時間とコストがかかっている問題については、新たな裁判手続きを創設する方向で改正が検討されています。
海外プロバイダへの請求についても、この新しい手続きの中で対処される見込みです。
裁判手続きについてはこちらの記事で解説しています。
このように、現状の発信者情報開示制度は複数の問題を抱えていますが、中間とりまとめ(案)として様々な対処が検討されています。
特に新しい裁判手続きの創設は、誹謗中傷被害に遭われた方の救済手段の1つとして活用されることが期待される大きな改正です。
以上が、7月10日時点までで検討されている発信者情報開示請求の問題点と、改正の中間とりまとめ(案)です。
今後、11月頃を目処に最終とりまとめが行われますが、更に改正内容が追加される可能性もあります。
被害者が泣き寝入りしないように簡単に開示請求ができるようにするというのは、被害者救済の面から考えればとても良いことです。
しかし、個人情報の開示が容易になるという反面、プライバシーの保護や表現の自由の観点からも均衡がとれるような制度にする必要もあります。
これからどのように見直しが進んでいくのか注目されます。