肖像権侵害とは?事例とよくある質問から理解する肖像権の基本
ネット上に写真や動画を投稿するときには「肖像権」に配慮が必要です。今回は正確に理解されていないことも多い「肖像権」に…[続きを読む]
『自分の写真が知らないうちに、FacebookやInstagramなどのSNSにアップされている!!』
誰でも簡単にネットが利用できるようになった現在では、自分の写真が他人に無断掲載されることは珍しくなくなりました。
そこで今回は、このような疑問に対して回答して参ります。
目次
最初に結論をお伝えします。
人の画像を勝手に、SNSなどのネット上にアップして公開する行為は、「人格権」の一種である「プライバシー権」のうちの「情報コントロール権」に含まれる『肖像権』を侵害する違法行為です。
このような行為に対しては、
となります。では、これらについて順次説明いたします。
写真には、「肖像権」が及ぶということは、誰でも耳にしたことがあると思います。では、この肖像権とはどんな権利でしょうか?
肖像権とは、「みだりに自己の容貌や姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真を公表されない権利」です。
この権利は、最高裁の判例によって、まず警察などの公権力に対する国民の権利として認められました。
学生デモを撮影していた警察官に対する、デモ参加者による暴行行為が、公務執行妨害罪等に該当するか否が問われた刑事裁判において、「そもそも警察官が無断でデモ参加者を撮影する行為は、違法な公務ではないか」が問題となったのです。
根拠は、個人の尊厳が国政上の至上価値であることを定めた憲法第13条です。
ここにおいて最高裁は、一般論として、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する」としたのです(※)。
肖像権は、公権力との関係だけでなく、私人と私人の関係でも、法的保護に値する権利・利益として認められ、その侵害は不法行為(民法第709条)として賠償金請求などを認めるべきだと考えられ、ある事件で最高裁もこれを支持するに至りました。
それは、刑事事件の法廷内で、「週刊誌記者が被告人の姿を隠し撮りしたうえ、週刊誌上で公開」した行為に対し、被告人が賠償金を請求した民事裁判でした。
最高裁は、私人と私人の間においても、「人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されない(中略)法律上保護されるべき人格的利益を有し」、その「撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有する」と認めたのです(※)。
※「和歌山カレー毒物混入事件の法廷写真等事件」最高裁平成17年11月10日判決
さて、勝手に写真をアップして、晒されてしまうことは、「肖像権侵害」になっても「プライバシーの侵害」にはならないのでしょうか?
「プライバシー権」という用語は多義的ですが、現在、主として使われるのは、次の2つの意味です。
①は、「ある実在の政治家をモデルとして、その女性関係などを描いた小説」が、私生活のプライバシーを侵害するものとした裁判例(※)で認められたもので、現在では「平穏生活権としてのプライバシー権」と呼ばれています。
※「宴のあと事件」東京地裁昭和39年9月28日(下級裁判所民事判例集第15巻9号2317頁)
②は、「個人の氏名、指紋、性別、生年月日、住所、電話番号、家族の氏名、学籍番号など」、およそ自己にかかわる情報に関して「何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する」(※)とされるもので、「情報コントロール権としてのプライバシー権」と呼ばれています。
※最高裁平成20年3月6日判決(住基ネットが住民のプライバシー侵害をするか否かか問われた裁判)
個人の容貌や姿態の映像も、その個人にかかわる「情報」のひとつと考えれば、肖像権も、「情報コントロール権としてのプライバシー権」のうちのひとつということになり、「肖像権侵害」は、プライバシー侵害の一種となります。
また、勝手に撮影・公表された写真が、住居内の様子を盗み撮りされたものであるようなケースは、上記①の「平穏生活権としてのプライバシー権」の侵害とも評価できるでしょう。
もっとも、どちらのプライバシー侵害と捉えても、そこから生じる効果は、以下で述べる肖像権侵害の効果とほぼ同じですので、学問上はともかく、実務上は、あまり神経質に区別する実益はありません。
肖像権は、「人格権(人格的利益)」のひとつでもあります。
人格権とは、不法行為制度(民法709条)によって保護される法的利益・権利のうち、物権や債権といった「財産的な権利・利益以外」のものを指します。
この人格権には、生命・身体、行動の自由、名誉、貞操など、およそ法的保護に値する「財産権以外のあらゆる権利・利益」が含まれます。
他人の写真を無断でSNSにアップする行為は、「肖像権を侵害する行為」であり、同時に、「情報コントロール権」「プライバシー権」「人格権」を侵害する行為でもあるわけです。
論理的には、つぎの関係となります。
*但し、各権利の位置づけには諸説あり、ここに示したのは、そのうちの有力なひとつです。
さて、ここからは、肖像権侵害となるケースとならないケースを具体的に見てゆきましょう。
被写体となる個人が、撮影と公表を承諾している場合には、肖像権侵害となりません。不法行為の要件のひとつである「違法性」が無くなる(阻却される)からです。
承諾は、「撮影」と「公表」の双方について必要です。次の裁判例は、このことを認めたものです。
「無断撮影のものでないとしても」、「公表によって不快、羞恥等の精神的苦痛を伴う場合があり」、「何人といえどもかような精神的苦痛を受けることなく生活するという人格的利益を有しており、この侵害に対しては特段の事情のない限り損害賠償請求ができる」(東京地裁昭和62年2月27日判決・判例タイムズ634号164頁)
被害者が承諾をした範囲内での公表でなくては、肖像権侵害の違法性は無くなりません。
次の裁判例は、「女性アナウンサーの学生時代の水着写真を雑誌に勝手に載せた」ところ、肖像権侵害として提訴された事案です。
水着写真は、過去に漫画週刊誌で公表され、女性は雑誌に載ることは承諾していました。しかし、就職後に写真週刊誌上で公表されることまで承諾していたわけではありません。
*東京地裁平成13年9月5日判決・判例時報1773号104頁
ネットだけでなく、テレビ・新聞・雑誌において、ニュース報道・テレビドラマ・映画作品・写真作品等として、数え切れない人々の画像が公表されています。
その全部が、承諾なき限り肖像権侵害だと評価することには現実味がありません。
この点、参考となる裁判例があります。
これは、一般人の女性が胸に「SEX」と書かれたデザインの服装で銀座の路上を歩いていたところ、これを承諾なく撮影した画像が、あるファッションサイトに勝手に使われたという事案です
「街の人事件」東京地裁平成17年9月27日判決・判例時報1917号101頁
この裁判例で示された考え方を整理すると次のとおりになります。
また、被害者が歩いている姿は、すでに路上という公共の場所で周囲の人々に公開されており、肖像権として保護に値しないのではないかという点について、整理すると次のとおりになります。
この裁判例からは、自分の写真を勝手に使われることに加えて「心理的負担を覚えて、望まないと評価できる画像」か否かが重要であることがわかります。
公開されている場所での姿だからと言って、人の写真を勝手に載せることは肖像権侵害になる可能性があるのです。
「どのような画像なのか」という点で、裸はもちろん、通常は衣服で隠されている部分(胸、尻、股間)の露出が多い画像ほど、肖像権侵害とされる可能性は高くなります。
家の中、宿泊施設の室内など、他人の目にさらされない私的な空間内での画像である方が、肖像権侵害とされ易いでしょう。
例えば、有名作家の交際相手の女性が「自宅台所にいる姿」を撮影・公表した事件の裁判例では、『「他人の視線から遮断され、社会的緊張から解放され」た自由な私生活を営む居宅内の姿を撮影・公表する行為は、被害者に、より「一層大きな精神的苦痛を与えるもの」』と指摘して肖像権侵害を認めています。
*東京地裁平成元年6月23日判決・判例タイムズ713号199頁
人物が特定できるよう容貌が明確に写っている画像は、そうでない画像よりも肖像権侵害と評価される場合が多いでしょう。
ただし、顔が写っていない画像やボカシ、モザイクなどで人物が特定できないように修正した画像であっても、絶対に肖像権侵害とならないとは限りません(※)。
例えば、女性のヌード写真の顔にモザイクをかけ、個人が特定できないようにしたとしても、その画像が世界中に広まることを望まない人は多いからです。
※このように人物を特定できないように写真を加工した場合でも肖像権侵害を認める見解として、「プライバシー権・肖像権の法律実務・第2版」弁護士佃克彦・弘文堂265頁
下記の記事も詳しいので、併せてご参照ください。
ところで、民主政によって個人の権利・自由を守るためには、あらゆる意見・情報を発表する「表現の自由」(憲法第21条)が保障される必要があります。
そこで、たとえ肖像権を侵害する行為であっても、一定の要件を満たすときには、不法行為の要件のひとつである「違法性」を阻却すると理解されています。
先述した「街の人事件」では、次の3つの要件があげられています。
例えば、犯罪報道や政治家など公的な立場にある者に関する報道において顔写真をサイトに掲載する場合は、通常、①②の要件は満たされるでしょう。
③については、例えば、法廷での隠し撮りは撮影方法として相当性を欠くことが指摘されています
*前出の「和歌山カレー毒物混入事件の法廷写真等事件」最高裁平成17年11月10日判決参照
また、街の人事件の場合、サイト運営の目的は最先端のファッションを広く紹介することにあり、①②の要件を満たすとしつつも、その目的のためには、被害者の容貌を大写しする必要はないから、③の相当性を欠くとして違法性阻却を認めませんでした。
「勝手にSNSに写真を掲載することは罪なのか?罰則はあるのか?」と疑問に思っておられる方は多いでしょう。
しかし、肖像権の侵害行為を処罰する法律はありません。
単に他人の写真画像をSNSに投稿して公開しただけでは、罪に問われて警察に逮捕されたり罰則が課されることはありません。
ただし、画像をアップしただけでなく、次のような行為を伴ったときは犯罪です。
このケースは、名誉毀損罪(刑法230条)で、3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金に処せられます。また、民事上も「名誉権」の侵害として不法行為に基づき損害賠償(慰謝料支払)の義務を負うことになります。
このケースは、侮辱罪(刑法231条)で、拘留または過料に処せられます。また、民事上も他人の「名誉感情」を侵害したものとして、やはり不法行為に基づき損害賠償(慰謝料支払)の義務を負うことになります。
では、肖像権を侵害した者に対して、どのような請求をすることができるでしょうか?
肖像権を侵害された被害者は、加害者に対し、不法行為に基づく賠償金を請求することができます。
この場合の「損害」とは、肖像権侵害で精神的な苦痛を受けたという「精神的損害」を意味し、これを補てんする慰謝料を請求できることになります。
慰謝料の金額は、数万円から数十万円程度が相場です。先の「街の人事件」では、被害者側が慰謝料330万円を請求したのに対し、裁判所は合計35万円の賠償金(慰謝料30万円、弁護士費用5万円)しか認めませんでしたが、この程度が相場と言えます。
*なお、芸能人の肖像には、それ自体に広告などで商品の販売などを促進する「顧客吸引力」という経済的な価値があり、肖像権とは別に「パブリシティ権」という商業的な権利による保護を受け、この場合の損害は慰謝料に限りません(「ピンクレディー事件」最高裁平成24年2月2日判決)
肖像権を侵害する画像がネット上に掲載されているときは、「その画像をアップした投稿者」と「サイト運営者」に削除を求めることができます。
その法律上の根拠については諸説あります。
等から、削除請求が可能という点では一致しており、肖像権が属する人格権に基づいて認められると考えておけば十分でしょう。
実際、画像の例ではありませんが、グーグルに対して検索結果の削除を求めた仮処分命令申立事件において、最高裁は、一般論として人格権ないし人格的利益に基づき検索結果の削除を求めうることを否定しませんでした(※)。
もしも、画像がネット上に投稿される前に、その危険があることが判明したならば、投稿の差し止めを請求することも認められます。
*その根拠も肖像権が属する人格権に基づくと考えれば足ります。
法的な手続は、「仮処分命令の申し立て」と呼びます。
裁判例としては、ストリップショーに出演した女性タレントが、これを取材した雑誌社に対し、その際の裸体写真の雑誌掲載を禁止する仮処分を申し立てた事件があります。
SNS(Facebook、Instagram、Twitter等)で肖像権が侵害されたときに、これを放置することは得策ではありません。
画像が掲載されている時間が長いほど、コピーが繰り返され、世界中に拡散されてしまう危険が高まります。
「別に、自分の顔や姿が世界に公開されてもかまわないよ。」と考えているなら素朴すぎます。
万一、あなたの顔写真に「○○事件の犯人」と書かれてFacebookやInstagramに拡散されてしまえば、もはや取り返しのつかない事態となる場合もあります。
加害者に慰謝料を支払わせたり、名誉毀損で刑事罰を受けさせたりしても、ばらまかれた虚偽の情報を全部消すことは不可能なのです。
この意味で、肖像権侵害事件は初動が大切です。迅速に確実に被害を最小限に抑えるためには、法律の専門家である弁護士に相談し、依頼されることをお勧めします。