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「組織的犯罪処罰法」という法律があります。
予備罪や未遂罪よりも前の段階である「共謀」の段階であっても処罰の対象になるという「テロ等準備罪(共謀罪)」を新設する改正組織犯罪処罰法が、2017年6月15日に参院本会議で可決・成立し、2017年7月11日から施行されました。
2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されることもあり、「テロ」に対抗する必要もあり、「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」と名称を変更し成立いたしました。
今回は「組織的犯罪処罰法」における「共謀罪」の内容や問題点について、説明します。
※この記事では、「テロ等準備罪」ではなく、一般的にメディアで周知された「共謀罪」として解説します。
目次
今、日本には「組織的犯罪処罰法」という法律があります。これは、平成11年8月18日に国会で制定されて、平成12年2月1日施行された比較的新しい法律です。
オウム真理教や闇金、オレオレ詐欺、暴力団などの組織的な犯罪に対応する目的で制定されました。
この法律が適用される対象となった場合、団体活動の一環で、構成員が罪を犯したときには通常の刑法上の刑よりも重くなりますし、犯罪収益や犯罪のための資金は没収されます。
実際に適用されている例は、暴力団関係が多いですが、健康寝具の会社など、組織的な悪徳商法が行われた場合にも適用されています。
このように、「組織的犯罪処罰法」は、すでにある法律です。
今回、新たな法律を施行したのではなく、組織犯罪処罰法を改正し、国会などで共謀罪(テロ等準備罪)を新設したのです。
国は、「組織的犯罪処罰法」に対し「共謀罪」という新しい類型を導入し、この「共謀罪」の適用が、無限定に広がるおそれがあり、国民の人権を制限し、不当な取り締まりや運用が行われるのではないか?という懸念が広がり、成立まで議論が紛糾しました。
それでは、共謀罪の適用対象は、どのようなものとなっているのでしょうか?
今回の共謀罪は、政府によって「テロ等準備罪」などと説明されていますが、本当にテロ集団にしか適用されないものなのかが問題です。
組織的犯罪処罰法は、先にも説明をしたとおり、組織的な犯罪を取り締まるための法律です。そして、適用を受ける「団体」については、以下のように定められています。
つまり、特に「テロ目的」などの限定はついていません。現在、暴力団や悪徳業者に適用されているくらいですから、相当広く適用される可能性があることも、理解していただきやすいでしょう。
今回施行された「共謀罪」についても、やはり「テロ組織」に対象を限定することは行われていません。法案では、「テロリズム組織」は例示的に挙がっていますが、それに限定する趣旨ではなく、その他の団体にも広く適用される可能性を残しています。
つまり、特に「犯罪集団」というレッテルを貼られた団体に限定されず、広く一般国民であっても、何らかの団体に入っていたら、組織的犯罪処罰法や共謀罪が適用される可能性があることになります。
それでは、今回導入が検討されている「共謀罪」とは、具体的にどのような内容の犯罪なのでしょうか?
共謀罪とは、簡単に言うと、「犯罪の相談をした場合」に成立する罪です。今の犯罪体系には共謀罪は存在せず、あるのは「予備罪」「未遂罪」「既遂罪」のみです。
たとえば、殺人罪を例にして、考えてみましょう。
人を殺すのには、いくつかの段階があります。
一人で殺人をする場合には、まずは「殺そう」と考えます。そして、殺すための準備をします。たとえばナイフを買ったり首を絞めるためのヒモを用意したりします。
そして、実際に相手の所に出向いていって、殺人行為に及びます。
このとき、段階によって成立する罪が異なります。まず、「殺そう」と考えた段階では罪にはなりません。次に、ナイフを購入するなど、殺人の準備をしたら「予備罪」が成立します。
実際に相手の所に出向いていって、殺そうとして失敗したら「未遂罪」、成功したら「既遂」となってもっとも罪が重くなります。
ここまでが犯罪の基本です。
「共謀罪」はどこに出てくるのか?と思われた方がいるかもしれませんが、共謀罪は、犯罪の相談をする罪なので、2人以上の人が出てこないと成立しません。そこで、以下で、2人以上の人がかかわる犯罪を見てみましょう。3人が共謀して殺人を進めます。
3人の人が、ある人を殺そうと考えています。そこで、まずは3人で殺人の相談をして計画を立てました。そして、実行をするため、1人はナイフを購入し、1人は資金を用立てました。
最終的に、実行役の人が相手の家に侵入して、殺人行為に及びました。
このときにも、単独犯と同じように罪が成立します。
現行刑法の場合、犯罪の相談をした段階では、罪にはなりません。実際にナイフを購入して準備活動を開始した段階で、予備罪が成立します。
そして、殺人行為に及び、失敗したら未遂罪、成功したら既遂罪です。このとき、「計画にしか参加していなかった人(実際に準備や殺人行為をしていない人)」も、3人のうち誰かが殺人行為に及ぶと、同じように殺人未遂罪や殺人未遂罪となります。
「私は計画にしか参加していないから、関係ありません」ということはできませんし、「私はナイフを買っただけだから、予備罪にしかなりません」ということもできません。
共謀罪は、共謀に参加した以上は、全員が同じ殺人未遂や殺人既遂になってしまうのです。
ここまで読んだ方は「あれ?共謀罪と予備罪、未遂罪って何が違うの?」と思うかもしれません。「今でも、共謀したら犯罪になるなら、共謀罪が導入されても同じなんじゃないの?」と疑問を持つ方もいるでしょう。
ただ、ここには明確な違いがあります。
まず、共謀罪は、予備罪や未遂罪が成立するよりもずっと前の段階です。
未遂罪は、実際に殺人行為に及んだ後、失敗したケースで適用される罪です。
予備罪は、殺人の準備行為をしたときに成立する罪です。
つまり、今は「殺人の相談をした」だけでは、犯罪が成立しないのです。ところが、「共謀罪」が導入されたため、「殺人の相談をした」だけで、共謀罪が成立してしまいます。
上記の例では、3人のうち誰かが殺人予備や殺人行為に及んだら、3人全員に犯罪が成立すると説明しましたが、相談しただけで、誰も予備や殺人行為に及ばなかった場合には、誰にも犯罪が成立しません。
ところが、共謀罪が導入されると、「誰も予備行為や実行行為に及ばなくても」「ただ、相談をしただけで」処罰されるおそれが出てくるのです。
ここが、共謀罪と予備罪や未遂罪との決定的な違いです。
共謀罪を導入すると、処罰範囲が無制限に広がる可能性があるというのは、ここから来ています。
テロ等準備罪においては、
(1)犯罪を行う主体を組織的犯罪集団に限定し、
(2)対象犯罪を絞り込み、
(3)計画に加えて準備行為が行われたときに初めて処罰される
こととし、会社、市民団体、労働組合、サークルなど普通に活動する団体が対象ではないことや、内心を処罰するものではないことを明確にしました。
参考:法務省ホームページ「テロ等準備罪とかつての「共謀罪」とは、どう違うのですか?」
共謀罪は、処罰範囲が無制限に広がるおそれがあるため、国民や各種の団体からの反発も強いですし、阻止するためのデモなども行われています。
そのような反対を圧してまで、政府はどうして強硬に共謀罪を導入したのでしょうか?
政府の説明では、東京オリンピックや「国際組織犯罪防止条約」という条約の批准、近年テロ組織によるテロ活動が活発化しており、日本でも対応の必要性が高いことなどが理由とされています。
まず、近年、中東やヨーロッパを中心に、大規模なテロ活動が行われており、世界を震撼させる出来事も多く起こっています。
そんな中で、日本は2020年に東京オリンピックという、世界中から人が集まる一大イベントを開こうとしているのですから、当然テロ対策に力を入れる必要があるというのです。
これ自体は、間違ったことではないでしょう。
次に、「国際組織犯罪防止条約」という条約は、国連で採択された条約で、よりいっそう効果的に、国際的な組織犯罪を防止して、戦うための相互協力を目的とするものです。
政府は、この条約の加入条件として、「共謀罪」の導入が義務づけられていると説明しています。
ただ、この説明は正しくありません。
まず、この条約の締結のため、「共謀罪」の導入は必須ではありません。諸外国でも、この条約の導入のために共謀罪を導入したのは、現時点において、ノルウェーやブルガリアなどのごく一部の国です。また、日本では、既に予備罪や凶器準備集合罪などの危険犯の処罰規定があるため、条約締結のために、わざわざ共謀罪を導入する必要はないのです。
2004年(平成16年)に国連から条約締結のための「立法ガイド」が公式配布されましたが、これによっても、「共謀罪」は義務ではないと明記されています。
そこで「条約締結のために、共謀罪導入が必要」というのは、正しくありません。現に、政府は東京オリンピック開催が決まった2013年まで、特に共謀罪の導入の話をしていませんでした。このことからすると、おそらく、東京オリンピックが決まったため、急遽テロ対策として共謀罪の導入を検討し始めて、その理由付けのために条約を持ち出しているのだろう、という見方もできます。
それでは、共謀罪が適用されるのは、どういった類いの犯罪なのでしょうか?
これについては、以下の通りです。
死刑・無期などと聞くと、相当大きな犯罪しか対象にならないのかと思うかもしれませんが、実際にはそういうわけでもありません。
たとえば、窃盗罪や詐欺罪、傷害罪、監禁罪などの身近な犯罪も「長期4年以上の罪」ですから、実際には、かなり広い範囲で共謀罪が適用されてしまうことになります。
何も、強盗罪や殺人罪に限られるわけではありません。
しかも、この罪が成立しないのは、警察などによる「特別公務員職権濫用罪」「暴行陵虐罪」「公職選挙法違反」「政治資金規正法違反の罪」「賄賂罪」などであり、こうした政治や汚職の罪に適用がないという点にも、何らかの意図を感じるかもしれません。
このように、共謀罪は、処罰範囲が広範になりすぎる上、導入の必要性についても疑問視されますし、処罰対象の罪も意図的に選定されているような印象も受けることから、さまざまな憶測や不安を招き、反対意見が強く出ています。
さて、共謀罪に対しては、日本弁護士連合会(日弁連)も反対しています。
まず、処罰範囲が広がるという懸念です。
刑法では、実際に犯罪行為が行われて危険性が発生してから処罰されるのが原則であり、未遂罪や予備罪でさえ例外的な規定です。
実際に、すべての罪について予備罪や未遂罪があるわけではなく、これらの罪が成立する犯罪類型は、重大なものに限定されています。
それなのに、共謀罪は、予備罪よりもはるかに以前の段階で、無限定に処罰をしようとするものですから、大きな問題があるというのです。
このようなことは、刑法体系全体を変えてしまうおそれがあると指摘しています。
また、共謀は「黙示」のものでも成立します。
黙示の共謀とは、積極的に犯罪の相談をしなくても、仲間が犯罪の相談をしていることを知りながら黙認してそのまま進めさせたなどのケースです。
このように消極的な状態でも「共謀」が成立してしまうので、「共謀罪」を認めると、まさしく「団体に参加していただけで」「具体的にはなにもしなくても(積極的に相談に参加しなくても)」処罰される、ということになり、ますます処罰範囲が無制限に広がってしまいます。
さらに、共謀罪は、実際に犯罪が行われる前の状態ですから、それを取り締まるのは簡単なことではありません。当然、捜査機関による監視が強化されることが必須です。
おとり捜査や潜入捜査、通信傍受などが必要となり、国民生活が不当に侵害されたり、国民の自由な発言が制限されたりするおそれがあります。
このようなことから、日弁連は、共謀罪導入に反対しているのです。
共謀罪が制定されたら「表現の自由」が成約されてしまう可能性も指摘されています。
表現の自由は、ネット上の発言などにも大きく関わる部分です。今までネット上のブログや掲示板、SNSなどで自由に発言していた人も、共謀罪成立後は発言内容を慎まなければならなくなるおそれがあるということです。一体どうしてなのか、説明をします。
共謀罪は、実際に犯罪行為を行う前の段階で取り締まられるものです。そこで、実際に犯罪が行われる前に、共謀している人を見つけなければなりません。
ネット上では、さまざまな思想を持った人が自由に発言をしていますが、団体のホームページや団体の構成員がやり取りをしていることも多いです。
そこで、ネット上で、不適切(と捜査機関が考える)な内容の発言をしている団体があったら、マークする可能性が高いです。そして、マークされた団体の構成員が、何か犯罪を構成するような内容の発言をしてしまうと、その時点で「共謀罪」が適用されてしまうおそれがあります。
ネットで何気なく発言したところ、いきなり警察がやってきて家宅捜索されたり任意同行を求められたりする可能性があるということです。
たとえば、普通の民間のNPO法人などの人の集まりであっても、冗談で「そんな物、盗ってきたらいいんじゃないの?」などと発言したら、その時点で「窃盗罪の共謀」と言われてしまうおそれがあるということです。しかもその場合、発言した人だけではなく、その団体に参加している人「すべて」が処罰の対象になるおそれがあります。
政府は、主婦が井戸端会議で「盗ってこよう」と言ったり、建設会社の社員が結託して「取引業者を騙してやろう」などと言ったりしただけでは共謀罪にならないと説明していますが、実際にはこのような線引きはあやふやです。
結局、ネット上の集団が「危険な団体」とみなされたら、それが一般人の無害な集まりであったとしても、共謀罪が適用されてしまう可能性はあるのです。
このように、いったんマークされたら共謀罪が成立してしまうおそれがあるのですから、ネット上の住民は、当然ネット上の発言を控えるようになるでしょう。
たとえば、政府に対する反対意見が言いにくくなるかもしれません。
政府が進める原発政策や沖縄基地の移設などに対しても、反対意見を出しにくくなるかもしれません。そもそも思想団体である場合、政府からマークされる可能性があるとなると、特定の思想をもった発言をすることすら困難になってくる可能性があるのです。
政府は、今回導入した組織的犯罪処罰法の共謀罪には、「思想信条の自由や人権に対する配慮」や「労働組合などの団体による正当な活動を制限しない」という「配慮規定」が盛り込まれています。
よって、表現の自由などの基本的人権に対する不当な制約は起こらないと説明をしていますが、こういった配慮規定があっても、恣意的な運用はいくらでも可能ですから、安心はできません。
共謀罪が制定されたら、プライバシー権が侵害されるおそれも指摘されています。
共謀罪を摘発するためには、国民1人1人の個人の通信内容を監視せざるを得ないからです。
実際に今の時代に共謀が行われる場合、団体の構成員が全員物理的に集まって集会を開き、計画の説明をしたり計画を練ったりすることは、ほとんどないでしょう。
普通は、通信手段を使って相談します。特に、ネット上のメールやSNSを使うと、容易に構成員間での意思疎通ができて便利です。そこで、自然、捜査機関はこうした通信内容をチェックすることになります。また、「怪しい」と考えられる人物の過去を洗い出したりするので、個人情報も暴かれます。
民間人の場合、他人の個人情報や通信内容を調べようとしても、個人情報保護法などもあるので簡単にはできません。
勝手に他人のメールを盗み見ることもできませんし、公開範囲が限定されているSNSの内容なども見ることはできないでしょう。
これに対し、捜査機関がその権限を駆使したら、国民のメール内容や通信記録、過去の犯罪内容や出身地、出身学校や勤務歴など、調べることは比較的容易です。
このようなことから、共謀罪が制定されると、国民のプライバシー権が無制限に暴かれて、侵害されるおそれが高いのです。
共謀罪の成立により、SNSが監視されるようになるのではないかという懸念もささやかれています。ツイッターやフェイスブックなどを利用すると、世界中のたくさんの人とつながることができますし、自分と似た趣味や目的、嗜好を持った人と知り合いになり、コミュニティを作ることできるので、とても便利です。
ただ、こうしたSNSによるつながりも「団体」と認定されてしまうかもしれません。
実際に、犯罪組織もSNSを使って人を集めていることがありますし、SNS上で犯罪の「共謀」を行う可能性があります。ただ、犯罪組織がSNSを利用するとき「テロ組織です」「オレオレ詐欺やってます」などとわかりやすく記載していることはないため、一見すると、一般の普通のSNSなのか、犯罪組織のものなのかはわかりません。そうなると、捜査機関としては、一般人のSNSもすべて含めて監視の対象にせざるを得ません。
実際に、「LINEのつながりも共謀罪の対象になる?」などと不安を抱いている国民がたくさんいますし、ジャーナリストの団体なども反対しています。
LINE上の発言が問題になったら、そのグループに参加している人全員が「共謀罪」になってしまうおそれもあるのです。
今は、政府や捜査機関は「個人のプライバシー権侵害はしない、SNSの監視などはしない」と説明するかもしれません。
しかし、結局、共謀罪はどのような運用がなされるかは政府や捜査機関次第なのです。
法律の恐ろしいところは「恣意的な運用」です。政府が法律制定時に「約束」することななど、当てにはできません。
こんなものは、単なる口約束にすぎず、何の拘束力もないからです。
国民が権利を守るためには、「恣意的な運用ができないための具体的な措置」を「法律内に」盛り込む必要があるのです。
共謀罪には、そうした限定や制限がまったく見られないため、日弁連を始めとした団体や国民が不安に感じているのです。
今は自由に使えているネットが共謀罪制定によって発言内容が制約されて、社会に歪みが発生する恐れがあります。
そのようなことを許さないよう、国民1人1人がしっかりとこの問題について考えるべきです。
今回は、東京オリンピックに向けて制定が進められている、組織的犯罪処罰法の「共謀罪」について、解説しました。
共謀罪は、現在既にある「予備罪」や「未遂罪」などとは異なり、それらよりはるかに前の段階で処罰される犯罪です。適用を受ける可能性がある団体も、特に「テロ組織」などに限定されておらず、無制限に処罰対象が広がるおそれがあります。
秘密捜査などが増える可能性が高いため、ネット上を始めとした国民の自由な表現が制約されるおそれも高いですし、プライバシー権侵害の可能性もあり、SNSなども政府や捜査機関によって監視される、息苦しい監視社会となってしまうおそれもあります。
そのようなことにならないためには、まずは国民がこの問題を知り、理解することが大切です。無知からは何も生まれないですし、国民の無知は権力に利用されます。無知ほどおそろしいものはないのです。
今回の記事をきっかけにして、みなさまが共謀罪について知り、より深い理解をしていただけたなら、幸いです。