ネットにおける「表現の自由」と「名誉毀損」どちらが重視されるか?
日本の憲法では「表現の自由」が保障されているはずです。ネット上の自由な表現が、どうして認められないことになるのでしょ…[続きを読む]
近年、関心が高まっている「誹謗中傷」。
テラスハウスに出演していた木村花さんが亡くなった事件もあり、ネット上で耳にすることも多くなっています。
ただ、誹謗中傷と言われてもどこからが誹謗中傷なのか、悪意のない批判も同じになってしまうのかなど、疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、誹謗中傷の意味や問題点などの解説をしていきたいと思います。
誹謗中傷とは、「誹謗」と「中傷」の2語が合わさってできた言葉です。
誹謗中傷は、デマや嫌がらせなどを含む「言葉による暴力」と言えます。
また、中傷の「中」は、命中や的中のような「中(あた)る」という意味であり、「中くらいに傷つける」という意味ではないことに注意してください。
なお、「誹謗中傷」は法律用語ではありません。
そのため、法律に沿って考えるときは「名誉毀損」や「侮辱」といった言葉にあてはめることになります。
冒頭でも述べたように、テラスハウスに出演した木村花さんの自殺、新型コロナウイルス感染者への暴言、いわゆる「ガラケー女事件」での冤罪被害など、近年では誹謗中傷が関わる事件が多発しています。
インターネットが発達してから、いつでもどこでも簡単に自分の意見を発信できるようになりました。
また、5ちゃんねるといった電子掲示板、TwitterやInstagramといったSNSは匿名で使うことができることから、バレないだろうという軽い気持ちで書き込みや投稿をする人も少なくありません。
その結果、ネットを利用したトラブルも年々増加しており、インターネット上の人権侵害情報に関する事件数は、平成29年度に5年連続で過去最高を記録し、令和元年までも平成29年に次ぐ件数となっています。
【参考】法務省:「人権侵犯事件」の状況について(概要)
しかし、この統計は事件について救済手続を開始した(申告した)人の数であり、申告せずに黙っている人も多くいると考えられるため、実際の数はもっと多いでしょう。
誹謗中傷を判断するにあたって一番問題となるのが、批判や批評との区別がつきにくいことです。
自分からしてみればただの批判だったのに、相手は誹謗中傷だと受け止めていた、ということも十分にあり得ます。
実際、今のところ誹謗中傷と批判の明確な基準は存在しておらず、裁判でも裁判官の判断に委ねられています。
ですが、強いて言うのであれば、①行き過ぎた言葉になっていないか、②相手の人格を攻撃していないかに気を付けるようにしましょう。
例えば、「クソ」「気持ち悪い」といった、相手を侮辱するような表現は基本的に誹謗中傷にあたると言えます。
また、「死ね」は勿論、「生きるのやめた方がいいんじゃないですか?」というような丁寧そうに見えて言い過ぎな表現も、誹謗中傷になる可能性が高いと考えられます。
誹謗中傷と批判の区別として、「人格」を対象としているか、「言動」を対象としているかで考えるケースも多く存在します。
例えば、「ブスは消えた方がいい」「低能は家に引きこもってろ」というような、相手の能力・性格・容貌を含めた人格を貶す言葉、つまり人格攻撃は、誹謗中傷となるでしょう。
一方で、賄賂を受け取っていた国家議員に対して「賄賂受け取るなんて最悪」「収賄は犯罪だし国会議員を辞めてほしい」などのように、行為や発言に対して物申すのであれば、批判と受け取られる可能性が高いことが多いと考えられます。
勿論上記の基準はあくまで参考であり、再三述べているように明確な基準はありません。
常識の範囲や自分の感覚とも照らしあわせて、考えるようにしましょう。
また、度重なる誹謗中傷事件によって、更なる厳格な法規制をするべきという議論も起きています。
ただ、先述したように誹謗中傷とそれ以外の言葉の線引きが曖昧な以上、厳しい言論統制を行うことで発言の抑制に繋がってしまい、憲法21条で保障されている「表現の自由」を侵害することも考えられます。
批判や批評というものは健全な社会を作る上で重要なものであり、規制によって抑制するわけにはいきません。
加えて、現在でも「名誉毀損罪」や「侮辱罪」といった法規制が既に存在しますし、民事訴訟も可能です。
これらの活用を進めて対処するべきなのか、さらに厳しい法規制を準備するのかは慎重な議論が必要です。
ただ、誹謗中傷被害を救済する制度(プロバイダ責任制限法など)が現状では使いにくいという問題も発生しています。
そのため、それらの法制度の改善や、誹謗中傷に該当する事例のガイドラインを作るといった制度を整えていくことが必要不可欠です。
先述した通り、誹謗中傷は法律用語ではないため、誹謗中傷の行為を罰するためには名誉毀損罪などの刑法の要件にあてはめて考えることが必要です。
それでは、誹謗中傷を刑法にあてはめた場合、どのような犯罪に該当するのでしょうか。
名誉毀損罪は「公然と」「事実を摘示」することで「人の名誉を毀損した」ときに成立します。
なお、「名誉を毀損」とは、社会的評価を低下させるおそれのある状態にしたことで、実際に社会的評価が低下したことは必要ありません。
また、この場合でいう「事実」は、真実かどうかは関係ありません。
真実であっても、それを広めたことによって相手の社会的評価が下がった場合は名誉毀損になります。
名誉毀損罪が成立した場合、3年以下の罰金もしくは禁固または50万円以下の罰金が科せられます。
ただ、名誉毀損であっても、以下の要件を満たした場合は罰せられません。
例えば、政治家の不祥事やスキャンダルを記者が暴いても罰せられないのは、この例外があるからです。
事実を摘示せずに、「公然と」「人を侮辱」した場合は侮辱罪が成立します。
「侮辱」は、表現は違いますが名誉毀損と同様で、社会的評価が低下するおそれを生じさせることです。
事実を摘示せずにというのは、「バカ」「アホ」といった事実でない言葉のように、「価値判断を発表する場合」を指します。
侮辱罪が成立した場合は、拘留(1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置)または科料(1,000円以上10,000円未満の制裁金を納付)が科せられます。
誹謗中傷では主に名誉毀損罪と侮辱罪が成立しやすいですが、場合によっては以下のような罪が成立する可能性もあります。
それぞれについて詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
上記は刑法上の罰則に関する話でしたが、民事訴訟によって損害賠償請求や場合によっては差止請求も可能です。
ただ、民事では名誉毀損が成立する場合に「事実の適示」だけでなく「意見・論評」も含まれ、多少基準が変わることがあるので注意が必要です。
逆に、誹謗中傷を受けた場合はどのような対応方法を取ることができるのでしょうか。
主に4つの手段が考えられます。
①投稿の削除(任意) | 違反報告や問い合わせ等で運営会社に削除してもらう | |
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②送信防止措置請求 | 法的に運営会社に投稿の削除を請求する | 送信防止措置依頼書の書き方【入門編】 |
③発信者情報開示請求 | 匿名相手を特定する | 発信者情報開示の仮処分と訴訟の流れをわかりやすく解説 |
④弁護士や行政に相談 | 弁護士や法務省・地域の相談窓口などに相談する | 誹謗中傷に強い弁護士を探す 【参考】人権相談窓口(法務省) |
匿名相手からの誹謗中傷の解決は難しいイメージがありますが、解決できるケースも多く存在します。
何をすればいいのかわからないという人は、まず身近な人や行政機関、弁護士などに相談してみてはいかがでしょうか。
以上が誹謗中傷についての解説です。
近年、誹謗中傷は様々な事件によって注目が集まっており、解決がスムーズにできるようにするための法改正も検討されています。
自分自身が誰かを誹謗中傷しないように気をつけると同時に、もし被害者になった場合は独りで抱え込まず、誰かに相談することをおすすめします。